最初にお伝えしますね、
長〜いです、しかも書きながら
だんだんと伝えたかった方向性がずれている気もする

どこから、何から書いたらいいのかな。
過去の記事と重複する部分もあるけど、
今の気持ちで書いてみよう。
平成19年4月から始めた乾燥粉末卵を使用しての経口減感作療法、
期間の目安は半年で、8割の子が卵を食べていけるようになる、
スコアの高い子でも食べていける可能性はあると聞いていた。
食べられたらいいなぁと思う反面、
医者の言葉に踊らされるようなワタシはもういない、
期待して落ち込むなんて事は自分から避けていた。
小麦の減感作療法との同時進行と言うこともあり、
小麦以上にながーい目で見ていこう。
最初の頃はプロトコールに沿って忠実に減感作を実施、
でも量が増えて症状が出てしまう事もあり、夜間救急外来も4回利用。
全身の膨疹と痒み、呼吸器系の症状は出なかったのが幸い。
症状が出た時は一時的に極端に量を減らし、
そこから再度段階をえて量を増やしていく、それの繰り返しばかり。
症状が出た時の分量まで戻ってきた時、改めてその一口を食べさせて、
クリアできた時の安堵感はなんともいえない。
そこまでしてもなぜ、減感作をやるのか?
ムスコの顔や身体が腫れ上がるのを見るのは辛かった。
でも、この時点でワタシにはその思いは無かった。
症状が出たら分量を減らして食べさせていく、これが当たり前な行動。
多分、揺れる気持ちを押し殺し、医師の指示通りにすることで気持ちを楽にし、
突き進む事だけで精一杯だったのかもしれない。
かなり遅いペースだったこともあり年月はあっという間に過ぎていき、
それでも地道でいいから続けていこうと思っていた矢先に、
主治医の移動があり、担当医師が変わってしまった。
ここからかな、ワタシが自分なりの道を進み始めたのは・・・
最初の主治医に頼りきっていた部分もあるけれど、
意見や波長?!があっていた。
ワタシの話を聞いてくれ、無理の無い指示がある。
でも、担当医が変わってからは何かあわない。
新しい担当医からは、『もっと食べさせたら?』、
『この程度ならば肌も気にする事じゃない』
という雰囲気がプンプン感じる(笑)
そして新しい担当医になって2ヶ月で、また担当医が変わる。
この担当医とも少しずつ思いがずれてきたように感じた。
途中で担当が変わったことで意思の疎通が出来ないのも仕方が無い。
ムスコの昔についてはパソコンのデータを読むしかない。
そしてある時担当医から、
『乾燥粉末卵を使用しての減感作ですが、本当は半年がスパンです。
もう、1年以上経ちますし、そろそろご自宅の卵でやりましょう。』
乾燥粉末卵はもう出せないって事をやわらかーく言われ、
ワタシも丁度卵でやり始めたいと思っていたので良いタイミング。
『では、固ゆで卵を耳掻き1杯分からはじめましょう』
・・・・・・
卵が使われた料理がどの程度食べられるのか知りたかった。
乾燥粉末卵でどの程度まで卵が食べられるかは計算はしていたが、
担当医の指示を無視して卵を入れたマフィンを作り、それを食べさせた。
次回の検診でその事を報告すると、今まで亀の歩みで来たワタシの行動とは
思えなかったのか、担当医も少々驚いた様子。
それでも、ワタシがその方法でやりたければそれで構わないと言われた。
卵を入れたお菓子やおかずを食べさせていたが、
その日の体調なのか季節なのか、肌がざらついて痒がる時もあり、
そんな時は卵の摂取は勝手にお休みした。
3週間たべなかったりなんてこともざら、食べる、食べないを繰り返し、
現在は全卵20gまでは解除、多分、もっと食べられると思う。
でも、20g過ぎると肌がざらつく。このざらつきを無視して食べさると、
痒みの伴うざらつきに変わる。そうなるとそれ以上食べさせる気にはならない。
痒みがあれば物事に集中できない、夜中にぐっすりと寝られない状態になる。
ざらつきの先には痒み、その先はもしかすると症状を引き起こすかもしれない。
担当医にも『この程度ならば薬を塗って食べさせても・・・』と言われたが、
ワタシの意思でその領域には踏み込んでいない。
だからといって全部話を聞いていないわけではない、
今のムスコとワタシがいるのも医師のおかげ。担当医からは、
『ざらつきが出ない分量を出来るだけ続けて食べるように』。
減感作療法、これだけは基本。だから食べない日を1週間以上
あけることが無いように心がける。でもそうは行かない時もある。
この先も卵の分量を決めていくのはワタシになるのだろう。
これでいいと思っていた。
微量でのショック症状、死ぬ事は無いのだろうと
分かる事が出来ただけでも十分。
ワタシはなぜ食アレから気持ちが遠ざかっていたのか、
今までうまく言葉に出来なかったのですが、
ある方のブログに書かれてあった言葉を読んでハッとしました。
『死の恐怖がつきまとう事が無くなった』
これだ。。。。
アナフィラキシーショックを経験した事がずぅ〜とトラウマでした。
まだ3歳にもならないムスコが、何故か『ごめんなさい、ごめんなさい』と言い、
そしてガクッとワタシの腕の中で崩れ落ちて意識が無くなった時の事は
どんなに時間が経っても忘れることは出来ない。
減感作で食べさせる事に迷いがあったのでは無く、
どこか気持ちの中で『死ぬかもしれない』と思いながら
食べさせていた事が怖かったのだろう。
それならなぜ食べさせたのか?
食べさせるのと同時にいつになったら食べられるの?
食べられない事も怖かった。
だから小麦がある程度食べられるようになった時に、
ワタシの心の鎖がとれて、気持ちが軽くなったのだろう。
今は救急車の音を聞いても涙は出なくなりました。
卵の解除を始めてから2年半が経ちます、
全卵20g、Mサイズ卵の約1/3個分です。
2年半の月日をかけてこれだけかと思うか、
ここまで食べられるようになったのかと思うかは人それぞれ。
ワタシには十分な成果でした。
でも十分だと思っているのはワタシだけで、
ムスコはもっと食べられるようになりたいと考えているかも知れない。
本当の気持ちは読み取れないけど、
『ぼくね、ちょーとだけ、ちょっとだけ卵食べられるようになったんだよ。』
と笑顔で人に話していた事がありました。
あと何年かかるか分からないけど、
まだまだ先は長いけれど、心の鎖がまた一つ取れました。
ここのブログには経口減感作療法を調べてたどり着く人も多くいます。
ワタシがムスコの経過を載せていたのは、自分自身に突き進む勇気を
維持させるため、そして一つの情報として載せていたのであり、
けして経口減感作療法を薦めているわけでも無く、
除去していくことを否定している訳でもありません。
そこのところは誤解が無いように読んでいただきたいです。
大切な子供のために悩んでもいいじゃないか、泣いてもいいじゃないか。
悩んだ分、泣いた分だけ強くなれた気もするけど、
ムリに強くなる必要も無い。
ワタシはムスコを産む前に経験した人生が糧となり、
前向きに強い心も持てるのだと思う。
それでも時には心が折れる時もある、そんな時は素直に泣く。
ワタシは泣いた後、結構すっきりとする性格(苦笑)
これでワタシもムスコも大きくなった

誰かがその行く手を導いてくれたら気持ちも楽になれるけど、
そうもいかない、自分の足で歩いていくしかないのだ。
数年後にこれを読んだ時にはまた気持ちは違っているかもしれない(苦笑)
まとまりの無い文章を、最後まで読んでくれてありがとうございました
\(^^\)(/^^)/
参考までにスコアです。
2007.4開始時:卵黄3(10.20) 卵白5(55.90) オボムコイト5(98.60)
2009.3時点:卵黄3(6.62) 卵白4(31.30) オボムコイト4(35.60)
今はスーパーで手軽に買える市販品のカステラを食べさせています。
あー、また担当医に驚かれちゃう(呆れられる)かも

市販だと卵がどのくらい使われているか分かりません。
でも、あえて、それを狙ってのことです。
いつかカステラを1本食いする日もくるのかな

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